今回は、村上敦さんとともにクラブヴォーバンを創設した、代表理事の早田宏徳さん。
早田さんは長年、日本でトップクラスの「高品質の住宅」を手がけてきました。ところが、ドイツへの視察を機にその自信がもろくも崩れます。クラブヴォーバンの住宅部門である「ウェルネストホーム」誕生のきっかけから、ドイツで受けた衝撃、そして今後の目標などについて伺いました。
■日本最高クラスの省エネ住宅の開発をめざす
Q:性能の良い住宅づくりをめざすきっかけは何だったのでしょう?
もともと父が、塗り壁などを担当する左官屋でした。子どもの頃からその姿を見てきたので、ぼくも自然と家づくりに興味を持ちました。そして18歳から建築業界で働きはじめます。最初に就職したのはいわゆるローコストメーカーだったのですが、すぐに何かおかしいなと感じました。父が手がけていたのは数寄屋造りなど立派な家で、100年以上長持ちするものでした。一方、この会社の建てる家は30年くらいで壊れてしまうのです。当時の社長に「ぼくはこんな家を売りたくないから、長持ちする家をつくらせてほしい」と言ったこともあります。
22歳のときに、仙台にある別の会社の素晴らしい社長さんと出会い、そこで望んでいた地震に強くて長持ちする家づくりをさせてもらえるようになりました。東北大学などと共同で研究しながら、当時の日本ではトップクラスの「高品質な家」をつくり続けたことで、国からも表彰されましたし、地元でも評判が高かったんです。実際、その後の東日本大震災の地震では、ぼくらが建てた家の被害はほとんどありませんでした。
そんなことで、自分たちが世界に誇れる高性能な家を建てているという自負はありました。ところがドイツ在住の村上敦さんとの出会いが、その培ってきた自信を打ちのめします。講演会を通じて出会った村上さんに案内してもらって、ドイツの建築を視察しました。
そしたら、ぼくが12年間かけて研究して建てた最高レベルの家だと思っていたものが、ドイツでは温熱環境では建築基準法以下の、つくってはいけないレベルの家だったんです。日本のトップは、ぜんぜん世界のトップじゃなかった。日本人はいつからか、自分たちが世界のトップだと勘違いして、世界から学ぶことをやめてしまったのかもしれません。日本はこんなに遅れているのかと気づいたことで、家づくりでめざす方向性が定まりました。
■「生きているうちに、こんな街を日本でつくりたい」
Q:なぜクラブヴォーバンを立ち上げたのでしょうか?
住宅よりも驚いたのは、まちづくりです。村上さんが暮らすフライブルクという町にあるヴォーバン住宅地があまりに素晴らしくて、「自分が生きているうちに、こんな町を日本で作りたい」と夢を語りました。そうしたら村上さんから、世の中を変えたいと思っている仲間たちが集まる非営利のサロンを一緒につくらないかと言われ、一緒に資金を出し合ってクラブヴォーバンを立ち上げることになりました。
ヴォーバンの町のすごさは、まず住民が生き生きしていることです。車が走っていないから、お母さんが見守っていなくても子どもが安全に路上で遊べるし、住民間のコミュニティがしっかりしていて、どの世代の人でもにこにこして暮らしている。しかも、その町を住民たち自身が議論しながらつくっていったというのがさらにすごいと思いました。たくさんの緑の中で安心してのびのび暮らしている雰囲気が、閉塞感にあふれ不安だらけになっている日本の町とはぜんぜん違うと感じました。こんな町がいつか日本にもできたら、もっと幸せになるんじゃないかって思ったんです。
■日本で持続可能なまちづくりを実現したい
Q:早田さんは、クラブヴォーバンで何をしているのでしょうか?
ぼくとしては、村上さんが提案するような持続可能な社会を、日本に迅速に広めるサポートができればいいと考えてきました。私の専門は建築なので、特にその分野で進めています。これからのカギを握るのは自治体です。「持続可能な発展を目指す自治体会議」でも、省エネ建築や改修について勉強したいという要望を受けて、それぞれの自治体さんに説明にいくなどの協力をしています。
例えば北海道のニセコ町さんなどは、もともと省エネ改修をやっていたのですが、クラブヴォーバンと関わったことでそのスピードが上がり、自分たちのやってきたことに自信を持てるようになったと言っていただきました。自治体が積極的に動くことで、その地域の工務店も省エネ建築にシフトせざるをえなくなりますから、非常に大きな効果が期待できます。このようなネットワークを広げることで、日本で持続可能なまちづくりを実現できたらいいと思っています。
ドイツを始めとする欧州では、ITの利用はもちろん、電気を熱に換えたり、EVなど交通に利用したりといった部分で、凄まじい進化をしています。クラブヴォーバンには、村上さんを始め、ドイツのエネルギーや交通、建築、まちづくりなどさまざまな分野で活躍する方が携わっているので、日本にはまったく届いていないドイツの一次情報をものすごく早く手に入れることができます。それも自治体会議などに参加していただくメリットになっています。
■先進的な取り組みが大手ハウスメーカーにも
Q:日本の建築業界では、省エネ住宅は増えてきたのでしょうか?
社会で省エネ住宅の必要性とか、省エネ意識を変えるという意味では、クラブヴォーバンを立ち上げた2008年の頃と比べると確実に変わったという手応えがあります。そしてその一翼を、私たちも担えたのではないかという自負もあります。とは言え、本当に社会に浸透しているかというとまだまだたくさんの課題があるので、この歩みを止めるわけにはいきません。
先日、旭化成ホームズさんと資本提携をして、結露やカビの発生しない家づくりのためにデータを共有することになりました。あんな大企業が、うちみたいな小さな会社と組んでくれるなんて、通常では考えられないことです。これも、これまで行ってきた先進的な取り組みが評価された証なのかもしれませんね。