建築家の二瓶渉さんは、設計事務所に在籍していた時代に道の駅や美術館といった公共建築を中心に設計を手がけてきました。当時からまちづくりや環境を意識して建築を心がけていた二瓶さんですが、ドイツの省エネ建築の実際に触れて衝撃を受け、一から出直す決意をすることになります。
現在は、ドイツ在住の金田真聡さんとともに設計事務所EA partnersを共同経営し、省エネ性能の高い建築物を幅広く手がけようとしている二瓶さんから、環境と建築との関係性や省エネ建築にかける思いを伺いました。
■建築の一環としてのまちづくり
Q:建築家としてどのような仕事をされてきたのでしょうか?
高校生の頃から建築が好きで、大学の建築学科を卒業した後、設計事務所プランツアソシエイツで14年ほど働きました。そこでは、主に公共建築を手がけました。公共建築では一般的に、立派なハコモノをつくっては維持費が払えなくなるなど運営が立ち行かなくなるケースが目立っていました。でもその事務所では公共建築との関わり方が異なりました。単に建物をつくるのではなく、つくった後に持続可能な運営ができる仕組みづくりも合わせて考えるようにしていたのです。完成後にどう使うのが地域にとって良いかを関係者の方たちと打合せをして、設計に取り入れていました。
僕が関わった思い出深い仕事は、香川県の高松市で温泉施設付きの健康福祉センターの建設です。現地に2年間移り住み、行政やその施設を使う方々と対話を繰り返し、施工者と連携して取り組みました。当時は大変な思いもしましたが、建築の一環としてまちづくりに取り組んだ経験が、今ではすごく財産になっています。
その後、事務所から独立して住宅建設を手がけるようになります。そして試行錯誤の末に、2012年にあるコンテストの環境デザイン部門で最優秀賞をいただきました。「風の道」を積極的に取り入れたり、打ち水効果を活かすなど、当時の住宅としては多くのパッシブ要素を建築に取り入れたつもりでした。独立してから苦労していたこともあり、賞をいただいて喜びもひとしおでした。
■性能を数値として出すことの大切さ
Q:賞をとられたあとに転機が訪れたそうですが?
はい。賞をとったちょうどその後、ドイツの省エネ建築の話を聞いて、僕の伸びかけていた鼻はへし折られました。話をしてくれたのは、ベルリン在住の建築家・金田真聡さんです。いまではクラブヴォーバンのメンバーとしても活躍する金田さんは、僕と同じ大学の卒業生で、母校のシンポジウムで彼の講演会を手伝うことになっていました。話を聞く前、自分より20歳近くも年下の彼の話に対して「ずっと後輩だから」などと軽く考えていました。
ところが、彼が語るドイツの建築についての話はすべてが衝撃でした。特に響いたのは、ドイツでは建築が建物単体ではなく、社会の中でどのような役割を果たすべきかが決められているということでした。そして、地域のエネルギーや交通、人口密度などを踏まえて計画され、設計されていました。エネルギーや交通といった、僕がこれまで考えたこともない分野も含めて、社会全体が建築と関連して捉えられていることにショックを受けました。
建築を周辺地域や環境とセットで考えるという意味では、僕がやってきたこととも似ています。しかし、ドイツではそれらをシミュレーションして数値化し、実際に環境や建築にどのような影響をもたらすかについて徹底的に検証していました。その点が、大きく違っていました。
当時の日本では、建物単体でさえ住宅の環境性能を数値として出すことはまだ一般的ではありませんでした。僕の最優秀賞をいただいた住宅も、「風を通す」とか「光を遮る」といった、昔からある日本家屋の良い点を取り入れてはいたものの、情緒的なイメージが先行して、数値化する意識がなかったのです。数値化してみると、住宅の性能、特に断熱性能については、ドイツのパッシブハウスとは愕然とするほどの差がありました。
環境建築とか、省エネ建築をやるなら数値化は不可欠だと思います。そして、目標を建てて、アクションプランで常にチェックしていくことが大切です。ドイツではそれが当たり前に行われていますが、日本はできていませんでした。
2012年に賞をいただいたときに思ったのは、建築が大好きな少年がアトリエ事務所時代にいろんな経験をして、独り立ちしてやっと多少は設計ができるようになったかなということでした。でも、この体験を通して自分が社会全体を通して建築を設計していないことに気づきました。僕はこれまでのあり方を見直して、一から出直す決意をしたのです。
■省エネ性能の高い公共建築を
Q:なぜ金田真聡さんと設計事務所を設立したのでしょうか?
金田さんを通じて、クラブヴォーバンの早田宏徳さんや村上敦さんを紹介してもらいました。早田さんたちがドイツの家を参考にしてつくっている低燃費住宅(現在のウェルネストホーム)も見学させてもらい、そこでまた驚きました。高気密高断熱はもちろんですが、全体的にとてもバランスの取れた高性能住宅になっていました。
断熱性能など、一部の機能に特化してレベルを高めることはそれほど難しくないかもしれませんが、そのような住宅では弱い部分に問題が出てきてしまいます。早田さんのつくった家は、そのバランスが総合的に優れていたので「ウソのない本物の住宅がここにある」と強く印象づけられました。金田さんからドイツの話を聞いたことで一から出直そうと思っていましたが、この家を見て、住宅建築ではとてもかなわないという印象を持ちました。
そこで2015年に、金田さんとともに「EA partners」という設計事務所を設立しました。「EA」は、Environment(環境)の「E」とArchitecture(建築)の「A」で、建築は環境に属するというメッセージを込めて、間に「>」という記号を入れたロゴにしました。
一からと言っても、これまで道の駅やオフィスなどを手がけてきた経験があるので、それを活かして省エネ性能の高いRC造の建築を設計したいと考えています。技術面では早田さんたちとも協力していくことにしています。
■建築は社会と結びついているもの
Q:日本の建築をめぐる環境は変わってきているのでしょうか?
ぼくが金田さんの話に衝撃を受けた2012年当時に比べて、日本の住宅の省エネ性能は確実に変わりました。国交省もゼロエネルギーハウス(ZEH)を推進するようになっています。それは良いのですが、一方でまったく変わっていないものもあります。それがビルや公共施設などの大きな建物です。
そうした大規模な建物の省エネ性能は、ドイツに比べて10年以上遅れていると感じます。「EA partners」では、その部分をレベルアップさせていきたいのです。ドイツで省エネ性能の基準値を上げた際、まず公共施設に着手して断熱性能を強化してきました。そのためいまでは、小学校でもトリプルガラスの窓が当たり前のように使われています。
日本の学校はいまも一部はシングルガラスで、空調を入れるかどうかで議論しているレベルです。開口部の低い性能の建物で空調だけに頼った計画にすると、ランニングコストが高くなり、いずれ自治体の財政が苦しくなることは目に見えています。そういうことも合わせて考えれば、建物の断熱性能を上げるのが一番大事なのですが、なかなかそういう現状にはなっていません。
このことは、日本では建築というものが社会全体のことを考えずに、すごく狭い視野で成り立ってきたことを示しています。僕たちの社会は建物でエネルギーを捨てまくっているのです。
長期的視点に立って、ひとつでもふたつでもエネルギー性能の良いビルを手がけながら、「このままでいいのか?」「何のために建物をつくるのか?」ということを多くの人に問いかけていければと考えています。もちろん、クラブヴォーバンのメンバーの皆さんとも、いろいろな形で連携していけたら良いですね。