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エネルギー自立地域経済好循環 × イノベーション 
                 持続可能なまちづくり

第22回 加藤逍太郎(CVPTメンバー / SHTRKT一級建築士事務所主宰)

大学を卒業して設計事務所に務め始めた加藤逍太郎さんは、仕事をする中で、自分はどんな仕事をすればいいのか思い悩むようになったと言います。そんなときクラブヴォーバンと出会い、ドイツを訪問したことで、自分ができることを発見しました。

2018年には独立、設計に加えて建物の省エネ性能の分析や情報提供などを手掛けている加藤さんから、省エネ住宅普及への思いを伺いました。

■ドイツでは日本の建物を建ててはいけない?
Q:建築の世界で仕事をしていくことに悩んでいたそうですね?

 

高校からずっと、建築を仕事にしたいと思ってやってきました。でも、実際に働くようになり、仕事としてどういうふうに社会と関わったらよいのかわからなくなってしまったんです。その後、務めていた設計事務所を離れ、大学院でデザインの勉強をするなど模索を続けました。

 

そんなとき、2013年にたまたま村上敦さん(クラブヴォーバン代表)の講演会に参加します。それをきっかけに、村上さんたちが主催するドイツのまちづくりを学ぶツアーにも参加させてもらいました。ドイツで省エネ建築やまちづくりの重要性に触れたことで、自分の中で世界が広がっていきました。

 

Q:どのように広がったのでしょうか?

 

強く印象に残ったことが2つあります。ひとつは、街の表情がすごく豊かで美しかったことです。ドイツは都市計画がきっちりしていて、建築物にはたくさんの規制があります。日本の感覚からすると、自由が制限されているように感じてしまうほど規制が多い。となれば画一的な街になりそうなものですが、まったくそんな感じがしないのです。

 

例えば建物の外観だったり、使う素材や窓の形状だったり、あるいは自然環境との混ざり方などが多様で、日本の街よりもむしろ自由さを感じました。規制が、表現を制限する役割ではなく、目標を実現するためのガイドラインとして機能しているように感じました。

 

帰国後に聞いたことですが、訪問地の一つであるフライブルクのヴォーバン住宅地では、そのルール作りに住民が主体的に参加したそうです。行政が一方的に押し付けるのではなく、民主的に住民が話し合い、自分たちが住みやすく住み続けたいと思えるような、持続可能なまちとなるようにルールを決めていったから、多様性のあるまち並みが実現しているんだと納得しました。

 

もうひとつは、ドイツの建物に比べ、日本の建物がすごく遅れている事実を知ったことです。ドイツに行く前は、日本は技術もすごいし、建築は行けるところまで行ってしまったのかなと考えていました。

 

確かにデザインだけなら遜色ないかもしれません。ところが、省エネも含めた性能的な部分では、日本のほとんどの建物は性能が低すぎて、ドイツの基準では建ててはいけないレベルだったんです。これには衝撃を受けました。

 

■共通のものさしで省エネ性能を提示する
Q:ドイツで感じたことが、その後の仕事にどのようにつながったのでしょうか?

 

ドイツと日本との圧倒的な性能の差を知ったことは、ぼくにとってはプラスになりました。ある種、ポジティブな課題を発見した喜びというか、日本にはまだまだやれることがあるという可能性を感じたんですよね。

 

特に関心を持ったのは、「エネルギーパス」でした。これは、建物の省エネ性能を一般の人でもわかる形で表示する制度です。ドイツなど欧州の省エネ建築の進んだ国々で議論が進み、試行錯誤が繰り返され、現在はEU全体で建物の評価基準に指定されています。新築住宅だけではなく、リフォームした建物や大きなビルなどすべての建物を同じ土俵で比較しているのが特徴です。ひとつの建物だけをすごくいいものにしようということではなく、同じものさしで提示して、一般の人がより良いものを選びやすくするという主旨に共感しました。

 

帰国後すぐに、クラブヴォーバンから派生した一社エネルギーパス協会がやっているエネルギーパスの講習を受けました。そして「エネルギーパスを使って、日本で省エネ性能の高い建物を増やしたいから、そういうビジョンのある企業を紹介して欲しい」と言ったら、一社エネルギーパス協会とその普及促進を進めている会社(株式会社日本エネルギー機関)との兼務で「明日からうちで働いて」と言われたんです(笑)。それで2014年から4年間、エネルギーパスの普及を中心に活動するようになりました。

 

Q:具体的にはどのような仕事をしたのでしょうか?

当時の日本では、建物の性能についての共通の基準がありませんでした。そこで、まずエネルギー性能表示の考え方自体を広めようという目的のもと、全国で講習を実施して、計算できる人を増やしていきました。ぼくは認定講師として、エネルギーパスの考え方や、エネルギー計算ソフトの使い方などを伝えました。

 

そこでわかったのは、建築業界の中でも省エネ建築について知っている人が少ないという事実です。でも講習には毎回たくさんの人が参加してくれて、この課題を自分ごととして真剣に取り組もうとしている人が増えていることも実感することができました。講習を受けていただいた方の中には、「日本の建物の性能の悪さがさまざまな問題を招いているという課題を知ってしまったからには、目を背けてはいられない」と語ってくれた方がいます。そのような方たちと出会えたことはとても良い経験になりました。

■省エネ住宅を必要とする人たちに提供できる社会を
Q:独立された現在は、どのようなことをされているのでしょうか?

会社からは2018年に退職して、独立しました。自分のスキルを活かして、省エネ住宅の普及に貢献するためにはどういたらいいのかを自ら考え、実際に現場で作る仕事を優先したいと考えたからです。現在は、クラブヴォーバンの活動やその代表理事である早田さんが経営する株式会社ウェルネストホームとは、外部の設計士として関わらせてもらっています。

 

クラブヴォーバンが主催する「持続可能な発展を目指す自治体会議」では、自治体のエネルギー政策を考える上での検討材料をつくるために、公共施設のエネルギー性能の評価や分析をさせていただいています。

 

また、設計事務所の方からエネルギー計算の依頼を受けて評価を行ったり、アドバイザーのような形での情報提供も行ったりしています。独立してやりたいと思っていたことが、徐々に形になってきたところです。

 

Q:これからどんなことをやっていきたいと思っていますか?

2つあります。ひとつは、環境や健康に負荷の少ない建物を普及させることです。その中でぼくが果たす役割は、エネルギー性能を分析してデザインすることです。エネルギー性能の計算だけなら、ある程度勉強した人がツールを使えば数字を出すことはできます。でも分析は別です。

 

建物のどの方向からどれだけのエネルギーが入り、どんな数値になるのかについては、季節や立地、デザイン、建材の特性などさまざまな要素が関係してくるため、一軒ずつ全部異なってきます。そのうえで、限られたコストでどうやってエネルギー性能を向上させられるか、設計士と一緒に分析する必要があります。そういったことを総合的にできる人は、日本ではまだとても少ないのが現状です。その点についてはぼく自身もまだまだ勉強中ですね。 

 

もうひとつは、省エネ住宅を必要とする人たちに提供できる社会の実現です。新築を建てられない、あるいは建てる必要のない人たちは大勢います。既存住宅の省エネリフォームや、賃貸住宅の性能向上が現在より手軽にできれば、その人たちも省エネ住宅に住むことができるようになる。

 

新築よりもリフォームのほうが技術的には難しいし、場合によってはコストもかかってしまいます。それだったら壊して新築をとなってしまうのですが、家を社会的な資源と考えるともったいないことになります。その点では、省エネリフォームを進めやすくするように、自治体の補助金制度を見直してもらう必要もあるのではないでしょうか。

 

クラブヴォーバンは、専門性を持った人たちが集まって、共同してまちづくりを手掛ける組織で、自分も楽しみながら関わらせてもらっています。ぼくも関わらせていただいている北海道ニセコ町のこれからの展開も含めて、日本社会の可能性がここから広がっていくように思っています。